2018年7月11日
英語でおしゃべりしていると、ときどき聞き惚れてしまうほど発音の良い方がいます。あ~こんな風になりたいなと思って、もう何年…。いつまでも憧れているばかりではだめだと思い、しばらく前から重い腰をあげて受講しはじめた発音矯正トレーニングレッスン。
発声の仕方・口の開け方・唇の使い方・あごの使い方、そして一番難しいのが舌の使い方(どうやったらそんな風に動かせるの??と思うこともたびたび)。こんなにも英語と日本語は違ったんだ思うほど、英語はよく『顔全体』を使うんですね。
英語と日本語は対極にあるってよく言われますけど、対極にあるのは文法だけでなく、発音もそうだったとは。目からウロコでした!
トレーニングを始めてしばらく経つと、なんだか自分の発音に変化が。ちょっとかっこいい発音になってきたかも?(少なくとも、少し話をすれば日本語のように口先でしゃべっているか、きちんと顔全体を使って発音できているかはわかるようになりました。)
幼い頃、英語圏に住んでシャワーのように英語を聞けば、確かに『発音』は良くなるかもしれませんが、日本に住んで、月に(週に)数回英語の先生の発音を聞いたりするだけで、発音ってよくなるんでしょうか?イントネーション等は覚えることができても、ネイティブらしい発音や単語の言い分け(seeと she, fastとfirst等)は難しい(というかかなり個人差がある)気がします。
だから、『聞くだけ』じゃなくて、『きちんと学べばいい』んですよね。当たり前ですが、そのほうが早いんです。
レッスンでは、私が身につけた発音方法やコツを、子供たちにも、どんどん教えていきたいと思っています!めざせ、純ジャパでも素敵な発音!
2018年7月9日
いまでも忘れられない話があります。
あるフィリピンの先生とお話をしたときのこと。そのフィリピンの先生は、まだ若く大学生。普通の気さくな明るい先生だったんですけど。日本の事について話をしていると、なんでも昔、お父さんが日本でタクシーの運転手をしていたとのこと。そして、そのお金で仕送りをしてくれて、妹とその先生は私立の学校に通い、英語を学んだそうです。
そのあと、お父さんがフィリピンに帰ってくると、収入が減り、姉妹は公立の学校へ戻ったそう。そしてまたお父さんが海外に働きに出て、お金を送ってくれると、私立の学校に戻り…というのを繰り返していたとのこと。そしていま、彼女のお母さんはサウジアラビア(!)で住み込みで働いていて、仕送りをしているそう。そしてそのおかげで自分たちは大学に行けているのだと。よい教育を受けさせてくれた両親に感謝していると言っていました。
はるか遠くの国まで出稼ぎにまで行って、子供たちの教育費に費やす彼女のお父さんとお母さん。同じ子供を持つ親として、なんだか頭が下がる思いでした。自分にそこまでできるだろうか。覚悟があるだろうか。(いやいや単身サウジアラビアは絶対無理です。。)
そして、我が家の子供達に(というか日本の子供達に)、お金の事情で私立と公立を行ったり来たりさせられるだろうか。それを『感謝する』といってもらえるだろうか。
世の中、がんばっている人たちは本当にたくさんいる。頑張っている人たちみんなにエールを送りたくなると同時に、日本社会の豊かさに心から感謝した瞬間でした。
2018年7月5日
もう何年も(趣味のように)続けている英会話学習。その中で最近はフィリピンの先生だけでなく、いろんな国の先生とおしゃべりすることも多くなってきました。東欧の先生が増えてきましたが、時にはアフリカの先生とおしゃべりすることも。
ダイレクトに世界の人とおしゃべりするのは本当におもしろい。今日の気温はどう?いま何時?とか、空いた時間はなにしてるの?とか、まずは軽い話題から。だれもが共通してしゃべれる楽しい話題はアメリカドラマ。(これは間違いなし!)そして育児ネタ・教育ネタ。これもどの国も共通。考え方の違いこそあれ、どの国の人もみんな家族を大切にして、自分の子供の教育を真剣に考えてるんですよね。当たり前の事なんですけど。
若い先生と話す時は本当に刺激になることが多い。仕事や使われてる言語の話や自分の家族の話。子供の頃の話(バイリンガルにどうやってなったか等はとっても参考なります)。話の最後に話題になるのがだいたい『移民』を考えている、悩んでいるということ。自分の国は愛しているし家族もいるけど、自分の就きたい職はないし、先行きも不安。英語を武器に海外に移り住みたい、こんな話をよく聞きます。英会話の先生をしているけど、実は技術やIT系の大学院を出ていたり、現役の医大生だったり弁護士をめざしていたり。本当にみなさん努力しているなあと感心します。
中学生になった娘が、『まわりのみんなはあんまり英語に興味がない。だって普段英語は使わないし、これからも使わないから、と言ってる。』といってました。(私も昔、同じことを思ってたっけ。笑)
『自国の言葉だけで生きていけると感じることができる環境』、これってきっとものすごくありがたいことなんですよね。まあ、これからはわかりませんが…。